2025年6月6日、自由民主党・公明党・日本維新の会は、「持続可能な社会保障制度のための改革を実行し、現役世代の保険料負担を含む国民負担の軽減を実現するため」合意文書を公表しました。
合意文書では、主に以下3点の施策内容が記載されており、①②は本年の医療法改正で国会成立を図る旨明記されています。
①病床再編の拡大(11万床の削減)
②医療DXの加速(電子カルテ(以下、電カルと記載します)完全普及の実現)
③介護・障害福祉事業者の処遇改善(報酬改定と交付金等予算措置)
この中でも、②医療DXの加速は、中小規模病院や診療所を運営する事業者に共通した大きな影響を与える可能性があります。
今回は、②医療DXの加速の具体的施策である、電カル導入に伴う影響を、医療機関管理体制の観点で解説します。
以下の内容は執筆日時点での情報に基づいています。法令改正等がないか必ずご確認ください。また、内容について細心の注意を払っておりますが、記載の内容をもとに生じたあらゆる損害に関して、弊事務所では一切の責任を負いません。
医療機関の電カル導入状況
厚生労働省は「医療施設調査」において、電カルの普及率状況を調査し、公表しています。
執筆日時点で直近の2023年10月1日付の医療施設調査によると、電カル普及率は以下のとおりです。
<電カル普及率>
・300床以上病院:90.2%
・200~299床病院:74.0%
・20~199床病院:59.0%
・診療所:55.0%
※医療機関全体・一部で電子化している施設を導入として、病院は一般病院を対象に集計
1.病床数と普及率は反比例の関係にある、2.普及率は増加傾向にある 点が明確な傾向として表れています。
その一方、電子化予定がない医療機関も以下のとおり一定数存在しています。
<電子化予定がない医療機関率>
・300床以上病院:6.8%
・200~299床病院:13.0%
・20~199床病院:22.7%
・診療所:40.8%
※病院は一般病院を対象に集計
すなわち、中小規模病院及び診療所では、意図せず電カルが強制導入となる可能性が出ています。
では、電カル導入により、管理体制への影響はどのようなものが想定されるでしょうか。
電カル導入の管理体制への影響
電カルを導入することによる、管理体制上のメリット・デメリットは主に以下があげられます。
<メリット>
①システム連携による効率化・最適化
医療機関の根本を支えるカルテを電子化することで、関連システムとの連携を図ることが可能となります。具体的には、オーダリングシステムや医事会計システム(レセコン)などと連携させることで、一気通貫型のシステム管理体制を整備することができます。
これまでヒトが紙により管理することで発生していた、書類管理や入力、請求管理等の業務をシステム上で完結させることが可能です。主にクラークの方々が担っていた業務工数を減少させる効果が生じることとなります。
また、入力ミスや請求漏れなどヒューマンエラーが排除でき、属人的管理になっていた箇所を統一的で最適な管理体制に改善することができます。
この効率化・最適化により生じた余力を、職員間業務負荷の標準化、リスク領域の管理業務へ充当、新規事業プロジェクトチームへ充当など有効活用することで、組織管理体制上多大なプラス効果が期待できます。
なお、近年はオーダリングシステムや医事会計システムが一体型となっている電カルも登場しており、この効果をより享受しやすい環境になっているといえます。
②アクセス権限管理による管理レベル向上
システムアクセス権を職員ごとに適切に設定することで、職員によるカルテ情報の不適切利用排除観点の管理が容易に行えます。
患者の機密情報が含まれている紙カルテを、職員がだれでも自由にアクセスできる状態で管理していると、カルテ自体の紛失や外部への情報漏洩リスクが高まります。
施設規模が大きくなるにつれて紙カルテの絶対数が増加する量的側面、近年のスマホやSNSの普及に伴い流出させることができる環境的側面の双方から、リスクが高い領域ということができます。
実際に、職員がスマホやSNSを利用した情報流出事故が近年複数発生しており、一層の管理体制強化が必要な領域といえるでしょう。
職員ごとに電カルIDを付与して、閲覧・編集・削除などの権限を必要最小限の付与とすることで、紛失リスクの低減、閲覧制限による情報漏洩リスクの低減を行うことができます。
③ログ取得による管理レベル向上
紙による管理と異なり、システムでは誰が、いつ、どのような操作を行ったかのログを取ることができます。
※一部電カルでは制約があります
ログ管理は、事前・事後双方の観点から管理上有効であるといわれています。
事前の観点では、ログが残るという点で不適切利用の「機会」が少なくなります。
すなわち、不適切利用をしようとする者にとって、ログが取得されると足跡が残るため、不適切利用を行わない方向での事前抑制効果が生じることとなります。
事後の観点では、ログの定期確認を行うことで、早期に不適切操作を識別できます。
すなわち、早朝深夜の編集・削除や、不必要なデータ出力・印刷など、貴院の運営状況を踏まえて、一定の異常可能性がある行動のログを定期確認することで、不適切利用の被害を最小限に食い止めることが可能となります。
この効果は、②に記載した紛失リスク・情報漏洩リスク低減の補完効果も有しています。
電カル導入で生じる管理体制観点でのデメリットは、主に以下の点があげられます。
<デメリット>
①導入時のコスト
電カル導入で生じるコストは、導入初期費用等の金銭的コストだけでなく、従業員の教育コストや変更後運用に慣れるまでの一時的運用効率低下に伴うコストなども生じてきます。
管理体制の観点で重要となるのが、導入・運用プロジェクトの中心の方の、従来業務の分担に伴う追加コストがあげられます。
すなわち、医療機関の運営を継続しながら電カル導入を行う場合、打ち合わせ、研修受講、運用テストなど追加で必要となる工数分の業務を、他の方が分担する、または、残業等による対応が必要となってきて、コスト増加要因になるとともに、管理上問題になりえます。
既存業務を他の方に業務分担すると、一般に不慣れな業務ではヒューマンエラーが生じるリスクが高まります。
この点、管理体制の観点から、どのように管理レベルを落とさずに計画的に導入するかが重要となります。
②サイバー攻撃リスク
上記のとおり、電カルには機密情報が含まれており、医療機関の基幹システムであることからセキュリティ面での対策が重要となります。
近年その重要性を悪用して、医療機関を対象としたランサムウェアなどのサイバー攻撃が増加しています。
実際に、ランサムウェアに感染して、電カル等システムが使用不可になったことにより、一定期間患者受け入れを停止せざるを得ない事態が複数医療機関で生じています。
外部からの攻撃防止観点での管理体制は、紙カルテの場合に比べて、入念に検討を行う必要があります。
また、電カルのシステム形式によっても、それぞれの観点で管理体制の検討が必要になります。
クラウド型の場合、インターネットに接続が必要なため、回線のセキュリティ対策など管理体制で一層の注意が必要です。
オンプレミス型の場合、インターネットを介さずに病院内ネットワークで完結する体制を構築する場合が多く、クラウド型に比べてセキュリティの観点では優位にあると考えられます。ただし、複数システムを連携させる場合、他システムと連動して電カルが影響を受ける可能性があるため、システム体系全体観点でも穴がないか検討することが重要です。
標準型電カルについて
厚生労働省では、中小規模の医療機関の電カル導入を促進するため、標準型電カルの開発を行っています。
現在、主に無床診療所を対象とした、α版のテストバージョンがリリースされ、テストが実施されています。
α版利用者からのフィードバックを反映して、200床未満の中小病院及び診療所対象の本格版が、2026年度以降にリリース予定となっています。
標準型電カルは、必要最小限の機能のみを有しており、各種システムと連携して利用することが想定されています。また、クラウド型の電カルのため、ハード面の初期投資も少なく済むこととなります。
これまで見てきたように、電カル導入により、管理体制の観点では大きなメリットが生じる反面、大きなデメリットも生じることとなります。
このデメリットを和らげるために重要となるのが、緻密なスケジュール策定と段階に応じた管理体制整備と考えられます。
今後リリースされる標準型電カルの活用や、補助金等の財政支援(執筆日時点では未定)を活用して、早い時点から計画的検討していくことが望まれます。
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